厳島に散ゆ~あんなに愛していたのに~
 「お前のこの前髪を失くすのは、惜しすぎる」


 御屋形様が愛おしそうに私の前髪に触れながら、こう囁いた。


 「え……」


 囁く声が耳元を甘く刺激する。


 不思議な感覚。


 「艶やかな髪だ」


 前髪を、うなじを、御屋形様の長く細い指が優しく撫でる。


 未知の甘い疼きが、私の胸を焦がす。


 「間もなくお前が元服(男子の成人)の日を迎えれば……。この綺麗な前髪を奪ってしまうことになる」


 元服すれば小姓時代の髪型は卒業し、一人前の武士のように髷を結わなければならない。


 「元服させたくない……な」


 ふと御屋形様が、私を背後から抱きしめた。


 私はどう対応していいか解らず、成すがままになっていた。


 「お前が元服してしまったら、これまでのようには私の側においてはおけない」


 「……元服を済ませれば、私は御屋形様の側にはもういられないのですか」


 「私の側近として、陶(すえ)の家の次期当主として……お前を戦の場へと遣わせなければならない」
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