厳島に散ゆ~あんなに愛していたのに~
 二十歳をわずかに過ぎた頃、御屋形様のご寵愛を失ってから間もなく十年が経とうとしている。


 御屋形様に愛され、甘い日々が続いた十代の頃とは対照的に、むなしく時を重ねた二十代の日々。


 長く苦しかった十年の果てに、私はもうすぐ三十を迎えようとしていた。


 こんなに長い間私を冷たく突き放した御屋形様を、私は切なく思う以上にお恨みすることすら少なくなかった。


 なのに。


 こうして甘い言葉を囁かれ、見つめられるだけで。


 ……たちまち心が揺さぶられてしまう。


 また昔みたいに愛されるのではないかと夢見てしまう。


 「今まで冷たくして悪かった」と詫びて、かつて以上に私を愛してくれるのでは……と情けないほどに期待している。


 御屋形様の気まぐれに、またしても踊らされているだけかもしれないのに。


 「お前は私にとって、なくてはならない存在だ」


 昔のような、愛しい微笑み。


 今度こそ。


 今度こそあの甘い日々を取り戻すことができる……?


 私の胸は、期待に揺らめく。


 だが。


 「お前は私の一番の家臣だから、この館の秩序を保つ存在になってもらわなければならない。だから……相良の娘を娶らぬか?」


 え?


 「お前と相良を仲直りさせるための最善策を思い付いた。相良の娘を娶るがよい」


 ……。


 甘い夢は全て吹き飛んだ。
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