厳島に散ゆ~あんなに愛していたのに~
 「あっ」


 私は空蝉の寝間着の襟元を掴み上げ、そのまま床の上へと投げ飛ばした。


 着物の裾が乱れている。


 相良が大切に育てた娘をめちゃめちゃにしてしまいたい衝動に襲われたが、そうなればむしろ奴の思う壺なので激情を押し殺す。


 代わりに枕元の刀に手を伸ばし、鞘から抜いて……。


 「……お許しください」


 空蝉の喉元に突き立てた。


 御屋形様の指図で私の寝所を訪れ、そのまま抱かれるかもしれないことは覚悟して来たであろうが。


 斬られる危機に見舞われようとは、思いもしなかったに違いない。


 恐怖のあまり空蝉は凍り付いている。


 喉元に迫る刃先の前に、言葉すら失ってしまった。


 私の中の残酷な本性が、立場や良識を打ち破って正体を現し、むき出しになっている。


 このままこの娘を衝動のままに切り捨ててしまえば……。


 相良はどれほど泣き狂うだろうか。


 私を恨み憎むだろうか。


 そして面目を失った御屋形様は……?
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