厳島に散ゆ~あんなに愛していたのに~
 「私は心身ともに疲れ果てました。今回の件を機に、隠居したいと存じます」


 「隠居?」


 この部屋には私と御屋形様、そして冷泉どのが控えている。


 私の唐突な申し出に、冷泉どのも驚いて声を出していた。


 「お前は今年でまだ三十。まだ隠居など口走る年齢でもなかろうに」


 御屋形様は笑いながらそう告げた。


 「私よりはるかに若いお前が隠居など、誰が本気にするものか」


 私が御屋形様を困らせようと、心にもないことを口走ってる程度にしか思ってられないようだ。


 「大内家筆頭家老のお前がいなければ、政務が滞る。引退を許すわけにはいかない」


 「もし私がいなくとも、大内家は何も変わりません。業務引き継ぎが終了すれば、何事もなかったかのように過ぎていきます」


 「それに来年二月の法事、お前が責任者の地位にあるではないか。任務を放り投げるというのか」


 「その件はまだ半年ありますゆえ……、今から代役をお探しください。私はもはや、任務に耐えられません」


 「何を申す。病気でもないくせに」


 「いいえ。病気です。許されましたら居城の富田若山にて、しばし療養したく存じます」
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