厳島に散ゆ~あんなに愛していたのに~
 振り返ると。


 にび色の衣をまとったその方は、身のこなしも非常に高貴で。


 噂に聞く京の都の公家のように、とても優雅な身のこなしだった。


 「子猫が、木の上に」


 「子猫はお前から逃れたものの、登った木の高さに怯えているようだな」


 その方が呼びかけると、猫はすんなりと降りてきて、その方の袖へと収まった。


 「御屋形様、そろそろお戻りになられませんと」


 「分かった」


 従者とおぼしき者にお答えになり、御屋形様は猫を私に預けた。


 (この方が、次の御屋形様)


 当時の御屋形様は、まだ二十歳を少し過ぎたばかりだった。


 その若さで、西方きっての名門・大内家の舵取りをを今後は担っていかなければならないのだ。


 「怖がらずともよい」


 怯えた猫と戸惑う私に向かい、御屋形様はそう微笑みかけた。


 その微笑みに、私の心は支配された。


 まるで光源氏に魅せられた若紫(わかむらさき)のごとく。


 大内義隆(おおうち よしたか)。


 私の主君。


 私がこの世で一番愛し、そして憎むべき運命となるべき御方。
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