厳島に散ゆ~あんなに愛していたのに~
 「なぜだ、相良(さがら)」


 相良武任(さがら たけとう)。


 御屋形様に右筆(ゆうひつ)、すなわち書記官として使える者だった。


 その相良が言うには、


 「出雲ははるかなる地。遠征には莫大な費用と時間がかかります。このような遠征は、おやめになられたほうがよろしいかと存じます」


 とのことだった。


 「相良どの。すでに御屋形様がお決めになられたことですので」


 右筆の分際で軍事の何が分かる、というのが私の本音だった。


 だが相手は私よりもはるかに年上で、御屋形様のお気に入り。


 評議の場にていきなり叱責するのも憚られた。


 「御屋形様、尼子が直接この周防まで攻め込んで来たならば話は別でございますが、我々があえて尼子領内まで攻め込むのは、危険極まりないことにございます」


 相良は再度述べる。


 「その尼子は先の負け戦に加え、支柱である経久を亡くしたばかりで混迷を極めておる。今尼子を攻め滅ぼさなければ、いつまた好機が訪れるであろうか」


 評議の場の雰囲気は、私の意見の後押しとなっていた。


 だが相良は、慎重論をくり返したのだった。
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