厳島に散ゆ~あんなに愛していたのに~
 ……凍える雪の季節ではなくて、風薫る初夏でよかったと心から思った。


 もしも真冬で吹雪に見舞われでもしたら、疲労困憊して眠りに落ち、そのまま私は命を落としていたかもしれない。


 疲れ切るほどの戦闘が連日連夜続き、馬上で手綱を握るのもやっとなくらい。


 軍勢全体も足取りが重い。


 出陣の際はあれほどまでに軽やかな足取りで、出雲へと向かっていたはずなのに……。


 だがいつ再び尼子の別の軍勢が追いかけてくるか分からないので、一瞬たりとも油断はできない。


 尼子軍のみならず、尼子領内の農民どもも敗走の兵士を襲撃する行為、すなわち落ち武者狩りを企んでいる。


 どこに敵が潜んでいるか分からない。


 初夏ゆえすでに草や木は高く成長し、敵が潜むことができる場所があまりに多すぎる。


 ガサガサと葉が揺れる音がするたびに、びくっとしてそちらを振り向く。


 風もしくは動物が音を立てているにすぎないのに、敵の襲来を予想してその都度息を飲む。
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