厳島に散ゆ~あんなに愛していたのに~
 「御屋形様、差し出がましいことを申してしまいました。申し訳ありませぬ」


 慌てて謝罪したが、


 「晴持……。どうして私は、あの時そなたと別行動を選択してしまったのだろう。共に陸路を辿るべきであった……」


 御屋形様は自らの選択を悔やみ、俯かれる。


 俯いたその目からは涙をお流しになっているのだろう、畳の上で握り締めた拳の上に、涙の雫がぽたっと落ちる。


 「子に先立たれるというのは、この上ない不幸だ……」


 肩を震わせ、涙が止まらぬご様子。


 「晴持……!」


 宍道湖に沈んだ美しい晴持さまの名を呼び続けておられる。


 「御屋形様、」


 御屋形様の悲しみを消して差し上げたい。


 私にできることは、御屋形様のおそばでお仕えすることのみ。


 距離を詰めようと、立ち上がろうとした時だった。


 「陶どの、いい加減になさいませ」


 背後から私を諌める声がした。


 「相良(さがら)」


 相良武任(さがら たけとう)。


 御屋形様の右筆(ゆうひつ;書記)であり、以前から私のことをあまりよく思っていなかった男だ。
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