【短編】月明かりの下で、愛を囁く
彼の腹部を刺していた鋭利な刃物が消え、鮮血が滲んでいた服もすっかり元通りになった。
ううん、違う。
初めから私があなたに見せた幻だった。
苦痛を味わせたかった。
幸せから絶望へと陥れたあなたに復讐がしたかった。
ただ、あなたを愛しすぎただけ……。
「ナル、早く元の体に戻れよ! 愛してる……ナル……」
そういえば“ミカ”の精神に入ってあなたの前に現れてから、名前を呼ばれたことなんてなかった。
“ミカ”とも“ナル”とも。
「ありがと……ヨウちゃん、私も愛してるよ……。バイバイ」
最後に触れた唇は涙でしょっぱくて、だけど、今までで一番甘かったよ。
信じてあげられなくてゴメンネ。
そして、ありがとう。
時計の針が零時をさした時、
“ミカ”の精神から“ナル”は消滅した。
「信じて待ってるから!! ナル、お前が目を覚ますのを待ってるからな!!」
精神の抜けた私の体は、今も眠り続けている。
目を覚ますかなんて根拠はないけれど、いつか必ず目覚めてみせる。
信じて待ってくれるあなたの元に帰るために。
私も自分が目覚めると信じるわ。
だから目が覚めたその時は、あなたに伝えたい言葉があるの。
「ごめんね」と「ありがとう」
そして、月明かりの下で、あなたに愛を囁くわ。
「愛してる」と……。
「……おかえり……ナル……」
【END】