御曹司、家政婦を溺愛する。
「今日から来て頂くことになった、家政婦の佐藤鈴さんよ。部屋の掃除と洗濯、夕食をお願いしているわ。細かいことはあなたから話しておくのよ」
「家政婦なんか必要ない。帰れ」
幸恵夫人の言葉に耳を貸そうとせず、すぐに必要ないと拒否をする新堂隼人。私をチラリと見ただけで動じない彼に、きっと自分のことは覚えてないんだと思った。
『佐藤は佐藤なんだから、そのままでいいんじゃね?』
こんな他愛のない言葉でも、私にとっては大切な宝物。彼にとってはすぐに忘れていくくらいの、どうでもいいセリフだろう。
その証拠に、私を覚えていないのだから。
エアコンを止めた室内が暑くなってきたせいか、幸恵夫人はハンカチで額の汗を拭く。
「もう契約してるのよ。家政婦さんがいれば、あなただって怠けることできないでしょ。仕事だってやることはたくさんあるのよ。家のことは家政婦さんに任せればいいから、早くしっかりして仕事に来てちょうだい」
と、息子に懇々と説教する。
そして私に向き直ると、
「こんな息子ですけど、よろしくお願いしますね」
と新堂隼人を託され、彼女は玄関へと引き返していく。
「あの、ちょっ……」
引き止める間もなく、逃げるように玄関の外へと出ていってしまった幸恵夫人に、私は不安だらけの気持ちでソファに座る新堂隼人を横目で見た。