御曹司、家政婦を溺愛する。
そして今週も終わろうとする、金曜日の夜。
事務所から帰ろうとする階段で一階まで下りると、近くのエレベーターホールで華やかに着飾った人たちを見かけた。
──そういえば、西里マネージャーが言っていたかな。
オフィスビルに入っている大手企業の慰労パーティーがあるとか、なんとか。
黒のTシャツ、黒のレギパンの私。対して、エレベーターを待つ彼らはオードーメイドのスーツやドレス、ブランド物のネクタイやバッグ、目が眩むような腕時計に貴金属のアクセサリーを当然のように身につけたセレブの集まり。
外に出る正面玄関に行くには、彼らの前を通って行かなければならない。足を前に出せず、立ち止まったままトートバッグの持ち手を握りしめる。
もしあのまま、父の会社がずっと続いていたら。私も今頃はあれくらいの服を着ることが出来たのだろうか。
ハッと気がついて、頭をブンブンと振る。
いけない。もうあの時のことは、思い出さないと決めたのに。
「失礼。どうかされましたか」
新堂隼人より低い声が聞こえて振り返る。
ダークブラウンの髪を後ろへ流すようにセットして、紺色の仕立ての良いスーツに身を包んだ、シルバーフレームの眼鏡が似合う男性が私を見ていた。
「あ……」
私が立っていたところは、階段からエレベーターホールに続くフロアだ。邪魔になっていたと思い、「すみません」と謝ってフロアの端に避けた。
男性は怪訝そうな顔で私を見ている。
あの煌びやかな人たちの前に出るのは気が引けるが、仕方がない。
グッと手を握り、一歩前に出た。
ふわり。
背後から自分の体に何かを被せられた。肩から包み込むように掛けられたそれは、黒いスーツの上着だった。
「こんなところで何をしている。行くぞ」