御曹司、家政婦を溺愛する。

午前十一時。この日は朝から曇り空で空気も湿っぽい。しかし食材の買い出しがあったので出かけることにした。
買うものは新堂隼人の昼食と夕食の食材、毎日晩酌に飲む缶ビールだ。
予算のことを考えると、ベリーヒルズのショッピングモールより、交差点を渡った一般のスーパーの方がよさそうだ。急げば三十分で帰って来れる。

「買い物に行ってきます」

懲りずに隣にくっついている新堂隼人に言うと、「俺も行く」と言って財布と取ろうとした。
スマホの着信が鳴り渡る。
「……関口か」
彼は私を見ながら通話を始めた。
話は長くなりそうだ。
私はそっと玄関から外に出た。


両手にパンパンに膨らんだエコバッグを提げて帰り道を歩いていると、ポツッと鼻の頭に雫が落ちた。
見上げるとパラパラと雨が降り始めた。
「降ってきたー」
と、三メートルほど先の信号は赤で「えー」と呟く。
雨はすぐに大粒に変わり、信号待ちの間にザーッと音を立てて強い雨になった。
傘を持っていない私は、信号が青になった時には既に全身ずぶ濡れになってしまった。

──こんな格好では、新堂くんに怒られてしまう。
両手の重いエコバッグを持ったまま走ることもできず、諦めて歩く。
信号を渡り、ベリーヒルズビレッジのエリアに入った時、
「佐藤!」
と、声が聞こえた。
黒い傘をさした新堂隼人が、パシャパシャと水溜まりを弾いて走ってくる。そして険しい顔をして、全身濡れた私を傘の下に入れた。
「ヒルズのショッピングモールに行ったんじゃなかったのか」
「ごめんなさい……雨が降る前には帰れると思って」
「とにかく、それ貸せ。帰るぞ」
と、彼は私の両手の荷物を片手で持ち、私に傘を傾けて歩き出した。

寒くなってきて、歩く速さもゆっくりになってきた私に、彼は文句を言わずに一緒に歩いてくれた。
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