御曹司、家政婦を溺愛する。
そうだ。言われてみれば、まだ新堂隼人は起きていなかったのだから、帰ろうと思えば帰れたのだ。休日だというのに職業病を発揮することはなかったことに、「ははっ」と乾いた笑いが漏れた。
「食事はブランチでいいですか。メニューは……」
ピョンと寝癖のついた彼の頭に穏やかさを感じて、棚から食パンを取り出した。
新堂隼人の自宅はレジデンス三階の東の角部屋だ。日当たりはいいが外観重視のため、外に洗濯物が干せない。だから各自宅にはサンルームが設けられている。
「佐藤」
洗濯物を干していると、新堂隼人が手招きをする。
「今日はお前も休みなんだから家政婦みたいに働く必要はない。いいもの見せてやるから来いよ」
私は洗濯物を干してから、リビングに顔を出した。
「お前、これ持ってないだろ」
と、テーブルに置かれていたのは高校の卒業アルバムだった。
新堂隼人の自宅は、私が入れない部屋が二つある。書斎と納戸と呼ばれている部屋だ。今まで見かけなかったのだから、多分そのどちらかの部屋にあったのだろう。
本来なら卒業まで授業料を払っていたので、授業の単位も取得していた私も受け取ることができたものなのだが、卒業を待つことが出来ずに夜逃げ同然に社宅へ引っ越したのだ。だから私の卒業アルバムはきっと行き場を失ったのだと思った。
「見ても、いい?」
「どうぞ」
卒業アルバムの深紅のハードカバーに触れる。
ページをめくり、クラス写真の懐かしい顔ぶれに、心がじんわりとあたたかさが滲んでいく。
体育祭で私と一緒に笑っている女の子の写真を見つける。ふわふわと揺れる髪を後ろで結って、体操服で私と顔を寄せ合って笑っている写真だ。
あの頃の、一番の親友。
南田桜子。
引っ越しても彼女とは時々連絡を取りあっていた仲だ。五年ほど前に結婚してからは連絡をしていない。
桜子は、元気だろうか。
じわりと視界がぼやけた。