御曹司、家政婦を溺愛する。
婚約者様に逆らう気はありません。
週が明けて水曜日。
私は新堂隼人の自宅で、何事もなく家政婦を続けている。
というのも、月曜日にこの部屋に来てみれば彼の姿はなく、寝室のクロークルームの戸が開いたままになっていたところを見ると、朝は慌ただしく出勤したようだ。
シンクにカップが残っているのは、朝はコーヒーだけ飲んでいるようで、食事をしている暇もないようだ。
ただ、ダイニングテーブルに「昼食代」と書かれたメモと三万のお金が置いてあった。
「お昼の個人契約は続けるんだね」
私はそのメモをそっと触れた。
先週の土曜日、「月曜から会社に行くよ」と言った新堂隼人はお風呂に行った。
私は彼が入浴中に自宅へ逃げ帰ったのだ。
彼を応援したい気持ちはあった。しかし好きな女性がいると知ったからには、彼ともう一晩過ごすなんて、あまりにも酷だ。
ベリーヒルズビレッジの前で停車したバスに飛び乗り、築四十年の木造アパートに帰り着いた。そして数年ぶりに南田桜子に連絡をした。
『……鈴?』
性が「松添」に変わっても、電話便号も彼女の声も変わっていない、あまりにも懐かしくて胸がいっぱいになる。
「桜子、元気?久しぶりだね」
私たちは喜びあって近状報告をして、会う約束をした。
桜子に電話をしたのは、少しの間でも新堂隼人を忘れたかったのかもしれない。