御曹司、家政婦を溺愛する。

「わかりました。今からすぐに伺います」
私は通話を切ると、封筒を持ってオフィスビルへ急いだ。
運動不足の体で走り、人目を気にする余裕もなく、「ゼェ、ゼェ」と息切れをしながらオフィスビルのエレベーターに乗る。
身なりを整えた数人の男性と一緒に乗り込んだが、静かな空間の中で私だけが恥ずかしくも「ゼェ、ゼェ」 と息を吐く音が目立った。

三十六階に着いて、外し忘れたエプロンを慌てて脱いで丸める。

壁に掛けられた金色に輝く大きな看板を見た。金色の土台に黒字で「新堂リゾート本社」と書かれた社名。

──あの金色は金箔?それとも本物の金?

などと思いながら、受付へと歩いた。

大きな花瓶に豪華に花が飾られたカウンターにはモデルのような美人な女性が二人、私を見て軽く頭を下げた。
「いらっしゃいませ」
私も緊張しながらも「こんにちは」と頭をさげた。
「私、佐藤と申します。関口さんに頼まれて、これを渡して頂きたいのですが……」
と、受付嬢に封筒を差し出した。
彼女は上品に微笑むと、
「かしこまりました。確認致しますのでお待ちください」
と言って受話器を取り、どこかに電話した。

「それなら、私が届けておきますわ」

トーンの高めな可愛らしい声と同時に、カウンターの封筒が持ち上げられていく。
その封筒を目で追った先には、長い黒髪ストレートの女性が立っていた。
「隼人さんの忘れ物でしょう?私も聞いておりますから渡しておき……あら、あなた」
と、彼女は私をじっと見た。
私も彼女にどんな顔をしていいのか迷う。

新堂隼人の許嫁、大河内美織とここで会うとは。
< 44 / 83 >

この作品をシェア

pagetop