御曹司、家政婦を溺愛する。
夕方、事務所に戻ろうとオフィスビルの前まで歩いてくると、少し離れた正面玄関の辺りで新堂隼人と大河内美織を見かけた。話しながら歩いているようで、美男美女のお似合いの二人に見える。
二人と鉢合わせしないように、私は少し遅れてオフィスビルへ入った。
「鈴さん、お疲れ様です」
事務所で報告書を書いていると、声をかけられた。
私と同じスタッフの藤村くんに、久しぶりに会った。
「藤村くんもお疲れ様」
彼はサラリーマンから転職してきた二十七歳。若いが中性的な可愛い顔をしているので、マダムの間で人気がある家政夫さんだ。
「鈴さんは新堂リゾートの御曹司の家政婦をしてるんですよね。婚約秒読みって噂ですよ」
「そうらしいね」
「相手は銀行の頭取の娘さんなんですよね?今注目されているから、周りからいろいろ聞かれませんか?」
確かに、言われてみれば自分の回りが騒がしくなっても不思議ではない。しかし今は平穏な毎日を送っている。
「今は特に困ってないよ」
藤村くんは「それなら良かった」と、微笑んだ。
思えば、新堂隼人の家政婦の仕事は快適だ。それが当たり前と思っていたが、お客様の中には細かいことを言われたり、怒ってばかりの人もいるらしい。
「新堂、さんは気遣ってくれる、とてもいい人だよ」
これは、私の本音だ。