御曹司、家政婦を溺愛する。
午後六時三十分。
南田桜子と待ち合わせをしたお店は、ベリーヒルズビレッジから徒歩五分ほどのところにあるイタリアンレストランだった。
住宅街の中の隠れ家のように、樹木と草花に囲まれた、ひっそりと佇むレンガ造りの店構えだった。
「いらっしゃいませ」
と、背の高い若い男性の店員さんに案内されたのは、店内の一番奥のテーブル席だった。
「鈴!」
ニッコリと笑った桜子が小さく手を振っていた。
「遅くなってごめんね。久しぶりだね、元気だった?」
そう言いながら席に着く私に、桜子は「元気だよ」と頷く。
髪を綺麗にブラウンに染め、ナチュラルなメイクが彼女を美しくさせている。グリーン系のワンピースが体の細い桜子によく似合っていた。
あの頃から十二年経った彼女は、大人の女性へ成長しても可愛らしい面影は残っていた。
そんな彼女だから、私はホッと安心した。
サーモンのカルパッチョ、帆立のコンソメスープと料理が進んでいく。
「桜子のご主人様は外交官だったよね?今でも海外についていったりするの?」
「期間が長い時は一緒に行くよ。ニューヨークには五回くらい行ったかな。鈴も一緒に行けるなら案内してあげるよ」
「ホントに?頑張って旅行代貯めなきゃっ」
と笑い合う。
桜子も聞いてくる。
「あれからずっと家政婦をしてるって言っていたけど、今はどこの家政婦をしてるの?」
「今日までベリーヒルズのレジデンスのお宅で働いていたの」
「ベリーヒルズビレッジって、旧財閥家の所有でしょ?息子さんがあのレジデンスの最上階に住んでいるって噂だけど、会ったことある?」
「ないよ。最上階は専用のエレベーターがあるっていうから、会うことはないんじゃないかな。きっと専属の執事とかシェフがいたりして、コンシェルジュも使わないかもしれないし」
と話していると、桜子は「次元が違うわね」と小さく首を振る。
「私たちからすれば、雲の上の人だからね」
「どんな人か、会ってみたいわぁ」
と、お互いにクスクス笑った。