御曹司、家政婦を溺愛する。

桜子の笑っていた顔がキョトンとする。
「え?新堂くんと同じ会社って、どういうこと?」

あ。

しまった。新堂くんの家政婦をしていたことは伏せておこうと思ったのに。
興味津々に私の答えを待つ彼女に、もう隠し通せないと観念して、これまでの事を掻い摘んで話した。

「なにそれっ!やっぱり新堂くんは鈴を狙っていたのね。彼は鈴に弱いのよね……」
店を出た桜子は、小さなため息を吐く。
「鈴、十二年ぶりに会った新堂くんはどうだった?鈴に優しい?」
「うん、変わってなかったと思うよ」
「私は思うけど、家政婦さんの交代って大河内美織が新堂くんのお母さんに文句を言ったんだよ。本当に彼女は困ったお嬢様よね」
「仕方ないよ。縁があれば、また新堂くんに会えると思うし」
と話していると、桜子の呼んだタクシーがやって来た。

桜子が振り向く。
「鈴、今でも新堂くんのこと、好き?」
と聞かれて、私は首を振る。
「手の届かない人を好きになっても仕方がないよ」
タクシーが横付けされドアが開く。
「それでも、好き?」
「桜子、さあ乗って。ご主人様が心配するわ」
「新堂くんのこと、好き?」
「また連絡するから」
何度も聞いてくる桜子を、私はタクシーに乗せた。
彼女が心配してることは、手に取るようにらかる。


『私は……新堂くんが、好き……』
高校時代、桜子に言った、たった一度だけの告白。


でも、今は言えないこともある。

「……好きよ。どうしようもなく」

そう言えたのは、桜子の乗ったタクシーが遠くへ行ってしまった後。
新堂隼人には大河内美織がいる。

 そして、私たち家族には、まだ三千万の借金がある。
だから、今は新堂隼人への想いは封印しないとダメなのだ。


< 55 / 83 >

この作品をシェア

pagetop