御曹司、家政婦を溺愛する。


「まあ、あなたが佐藤鈴さん?わたくし新堂幸恵と申しますの。これから二ヶ月、よろしくお願いしますね」

黒髪を綺麗に結い上げた、藤色の和服姿の初老の女性がニコニコと機嫌よく何度も頷く。
「優しそうな人で良かったわ。息子はあまり頼りにならないけど、困っとことがあったら私に連絡してちょうだいね。さ、息子の自宅に案内するわ。行きましょ」
と、話し続けた幸恵夫人は、私の手首を軽く掴んで事務所から連れ出す。
それは、幸恵夫人に対する挨拶も自己紹介もさせてもらえないまま、西里マネージャーも今後の説明も出来ないまま、急げ急げと背中を押されてオフィスビルを後にしたのだった。

まだ九月の暑さは涼まる気配がなく、幸恵夫人の白いレースの日傘はまだ夏を主張しているように見えた。

オフィスビルの西にはベリーヒルズビレッジの一つである、セレブ御用達のテナントが並ぶショッピングモールがある。家政婦の仕事で一度買い物に行ったことがあるが、庶民の私が日常的に買えるものは何もなかった。
北西には総合病院がある。レジデンスの白い壁より少し柔らかみのあるクリーム系の白い建物だ。中には歯科、眼科から外科、産婦人科と多くの専門科があり、入院の設備や食事は充実しており、もちろん最先端の医療設備が整っていると聞いたことがある。

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