御曹司、家政婦を溺愛する。
その翌日。
いつもどおりに小田切家の仕事を終え、事務所からアパートに帰ってきてすぐのことだ。
部屋に入ったと同時に、スマホに着信が入った。
母からだ。
『鈴、大変なのよっ!大変!』
スマホの向こうで大騒ぎする母。まさか父に何かあったのかと、動揺する。
「お母さん、落ち着いて。どうしたの?」
と、私は母に深呼吸をさせた。
「息を吸ってー、吐いてー。落ち着いた?」
スマホの向こうからスーハーと聞こえた。
「お母さん、お父さんに何かあったの?」
『お父さんは元気よ。て、違うのよ。お父さんじゃなくて、お父さんの会社の借金が……』
「借金が……?」
『借金が無事、返済完了しましたって連絡があったのよ!』
「……はあ?」
なんのドッキリかと思えば、笑えない冗談だ。それとも借金に追われる毎日で、とうとうおかしくなってしまったか。
「お母さん、大丈夫?」
私の冷たい反応に、母は「だから」と引き下がらない。
『だから今、連絡があったのよ。残りの三千二十万六千四百円の振り込みを確認しましたので、返済を完了いたしますって言われたのよ』
それから、私が両親の住む社宅を訪ねたのは、土曜日の朝だった。
「一体、どういうことなのよ……」
私は銀行から届いた返済完了通知の紙を見て唸った。
借金はまだ残っているはずなのだ。
「お母さん、やっぱり何かの間違いじゃないの?ちゃんと確認した?」
「何度もしたわよ。それがね、海外からのお父さんの返済専用口座に残りの金額がきっちり振り込まれていたっていうのよ。誰かが間違えて振り込んだのでは、て言ってみたんだけど、銀行は「間違いない」って言うの」
──一体、何が起こっているの?
「だいたい、どうして佐藤製菓に借金があることを知っているの?」
母と話している横で、父は今日も仕事なのか食事を済ませると、
「俺は、しらん。いってくる」
と、出かけて行った。
明るい性格だった父は、会社が倒産して無口になった。父は倒産したのは自分のせいだと、今も自分を責めている。
早くお父さんを解放してあげたい、と思っても一億なんて借金は私たちにとって、てっぺんの見えない壁だった。
その壁が、一気に取り払われたのだ。
父は、どう思っているんだろう。