あやかしあやなし
『……ふぅ……』

 一瞬で随分疲れたように、章親が後ろに手をついた。同時に惟道の目が開く。

『惟道、何ともない?』

「……ああ」

 きょろきょろと周りを見渡し、膝の上に落ちた円座に目を留め、惟道は己の胸に手をやった。

「雛は無事に入ったのか」

「おぬし、わからぬのか?」

 烏兎が、意外そうに言う。異質なものが己の中に入れば、違和感を感じるはずだ。現にさっき媒体になった章親は、自分の中を烏鷺が通過するとき、辛そうにしていた。

「俺には入ってきたものに反発するほどの自我がないんだそうだ」

 だからこその、最高の憑坐なのだ。危険極まりないとも言えるのだが。道満が自衛術を徹底的に仕込んだのも頷ける。

「雛が元気になれば、何か感じると思うが」

「だけど入ってるのは確かだね。少しだけだけど、妖気を感じるもの」

 小丸がひくひくと鼻をひくつかせて言う。ようやく、烏兎は安心したように息をついた。
 が、その何となく張り詰めていた空気が弛んだ瞬間、いきなり章親が素っ頓狂な声を上げた。

『ああっ! ちょ、ちょっと待って! ま、魔﨡っ……!』

 たちまち章親の姿が霞む。

『だ、大丈夫だって……。ああもう! えっと、惟道、身体に不調を感じたら、すぐに僕に連絡するんだよ! 式を置いていくから……』

 皆がぎょっとしている前で、とにかく早口でそれだけ言うと、章親の姿は掻き消えた。おそらくさっきの一瞬の苦しそうな表情を見た魔﨡が、章親に何か起こったと思って強制的に呼び戻したのだろう。抜けた意識を無理やり戻すなど無茶苦茶だ。
 今頃目覚めた章親に、危険なことをしただろうと説教しているだろう。もしかすると今後、魂飛ばしの術は禁止を食らうかもしれない。
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