あやかしあやなし
「とりあえず、場所を移そう」

 市から少し離れた小道とはいえ、まだ近い。あまり騒げば人だかりができよう。惟道が青年の腕を掴もうとしたとき、いきなり青年が動いた。素早く印を結んだ指先を、惟道の手に突き出したのだ。
 ばちん、と音がし、小さく煙が上がる。だが、惟道は僅かに眉を動かしただけで、手は離さなかった。

「惟道! 手が焦げてる!」

 小丸が仰天するが、惟道は気にすることなく青年を引きずるように歩き出した。掴まれている青年は、術を食らっても特に反応しない惟道に、ただならぬものを感じたらしい。青い顔で、ただ引きずられていく。

 かなり歩いたところで、惟道に引っ張られている青年が、不安げに周りを見渡した。

「ど、どこへ連れて行くのだ」

 初めて青年が口を開いた。

「章親のところだ」

 短い惟道の応えに、青年は怪訝な顔をしただけだった。わからないようだ。が、一条の屋敷に近付くにつれ、青年の顔が強張る。

「ま、まさか安倍のお屋敷か」

「そうだと言っている」

 実際には安倍家、とは言っていない。章親の名前しか出していないが、惟道は安倍家の人間は章親とその父、吉平しか知らないので、そういうものだと思っていたのだが。

「あんた、章親知らないの?」

 後ろからついてきていた小丸も、意外そうに言う。

「そ、そういえば、そんなお方もいたような……」

 男は首を傾げ、もう一人の少年のほうを見る。だが小丸に引っ張られている少年も、きょとんとしている。
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