惚れたら最後。
事務所に入り、スマホを取りだし電話をかける。

すぐに通話を終わらせ、その後は事務所の奥の個室で年末の報告書類に目を通したり梟に追加の依頼をしたりして仕事を進めていた。

1時間ほど過ぎただろうか、ノックする音とともにドアが開かれた。



「絆、久しぶり。朝から勤勉だなぁ」

「凛兄……」



部屋に入ってきた男は網谷凛太郎。

荒瀬組の重要なポジションにいる男で、俺を出生時から見てきた人間だ。

彼は14歳の時荒瀬に保護された“ワケありの少年”だったが、その後実力で幹部までのし上がった切れ者だった。

それは35歳には見えない、穏やかで若々しく中性的な容姿からは想像できぬほどに。



「どうも膠着(こうちゃく)状態が長引きそうだ」



向かい合わせでソファーに座った凛兄は重い口を開いた。

議題は行き詰まっていた黒幕の件だった。



「無闇に動かない方がいいんだと。
梟は今後荒瀬組内に黒幕がいないとして調査するらしい」

「どういうことだ?」

「黒幕が外部にいるとの見方をしている。
水前寺一家も名古屋東海連合も、梟の見立てでは潔白だそうだ」



犯人だと思っていた組が違うと否定され、眉をひそめた。

すると凛兄はため息混じりに語った。



「ここからは俺の憶測になるが、現代においてヤクザという“必要悪”は次々と社会から追放されている。
カタギはヤクザが日本からいなくなっちまったら半グレが暴れだし、海外のマフィアが日本に流れ込むことを知らねえんだ。
つまり暴対法を盾に、半グレ集団が主権を乗っ取ろうとしてもおかしくはない」



半グレ、というのは暴力団に所属せず犯罪を繰り返す集団のことだ。

近年半グレはヤクザより厄介だった。
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