惚れたら最後。
「琥珀、こら琥珀!湯船で寝るんじゃないよ。溺れるよ!」



気がつくと死んだはずの夢が風呂場に入ってきて頬を叩いてきた。

気の強そうな猫目にいたずらっぽい笑み。

長い茶髪の髪が目の前で揺れている。



「大丈夫だって……」

「あんたねぇ、日本において風呂場で死んだ人間がいくらいると思ってんだい!
なんと年間1万9000人だよ!
あんたもそのひとりになりたくないだろう!?
ほら、寝るなら布団で寝な!」

「もう、自分で出られる。
ほんとそういう知識の押し付け、うざい」

「なーに言ってんだ!知識こそ、この世を制するんだよ!」



自慢げに腰に両手を当て、にやりと笑う夢。

その言葉、そういえば口ぐせだったなぁ。


「……あれ」


夢の泡沫(うたかた)が弾けた。

あとに残るのは懐かしさと虚しさだけ。



「会いたいなぁ、もう一度」



宙を舞ったそれは本心から出た言葉だった。
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