惚れたら最後。
chapter.3
正月
翌年、元日の早朝、荒瀬組本家に招かれた。
「……私も、着なきゃダメですか?」
「当たり前よ、初詣だしせっかくだからみんなでお着物で行きましょうよ」
壱華さんが永遠が待っている部屋に通されたあと、尻込みしていた。
部屋には振袖が2着用意してあって、ひとつは私のものだった。
用意してもらったことに感謝する反面、私は着物が嫌いだ。
生みの親───美花に「着物なんて西洋人に似合わないからお前は着るな」と要約するとこんな具合に罵倒されたことがあるからだ。
「着物は……似合わないから着たくないんです」
言葉を濁すと壱華さんは何かを察して困ったような笑みを向けた。
やり取りを見ていた永遠が「琥珀が着たらお兄ちゃん絶対喜ぶのに」と穏やかな口調で呟いたその時。
スパァン!と襖が勢いよく開いた。
「あーら初めまして!あなたが噂の絆の彼女ね!
やだ美人すぎない!?やりがいあるわぁ!」
ズカズカと部屋の中に入り、腰に手を当て真正面に立つ人物。
顔を上げると、凛々しい顔の背の高い美しい女性が仁王立ちしていた。
私は驚いた。
「おっと、自己紹介がまだだったね、あたしは涼よ!
荒瀬颯馬の妻で倖真と涼風の母です、よろしく」
自信ありげにニヤリと笑う姿が、夢と重なったからだ。
「あ……よろしくお願いします、中嶋琥珀です」
彼女は組長代理の妻で、荒瀬壱華の親友の『涼』。
今年40歳になるはずだが、美魔女という言葉が合う若々しい美人だった。
パワフルな立ち振る舞いに圧倒されていると、彼女にぐいっと距離を縮められた。
「着物が嫌って?
そうね胸がおっきいと着物似合わないもんね」
「いやそっちじゃなくて……」
「東洋人顔じゃないから合わないって悩んでるの?
バカねえ、その人にあった生地を選べば似合うわよ」
ニヤリといたずらっぽく笑う涼さん。
彼女の笑顔に夢の面影を追った。
……夢が生きてたらこんな感じだったかなぁ。
そう思うと正月早々、彼女が恋しくなった。