惚れたら最後。
私は絆の視界に入る位置まで移動した。

ドリップ式のコーヒーメーカーから香ばしい匂いと、コポコポと水音がする。

絆は心ここに在らずの状態でずっとそれを見つめていた。



「ごめん、ただ言わなかっただけだよ。そんな顔しないで」



そう言うと絆は「顔?」と言って、はっと目を見開いた。

どうやら自分の感情が表情に出ているとは思っていなかったみたい。



「“特別な意図”はないよ。今回は私の保身のためだから。
鳴海司水は潮崎や先代組長と繋がってるから敵に回すのは避けたいと思ったの、それだけ」

「そうか、ならいい」



絆は目に動揺を隠しきれず、戸棚からコーヒーカップを取り出そうと動き出した。



「……怖いの?」



しかし、そう言うと絆は動きを止めた。



「……ああそうだ、琥珀と出会ってから得体の知れない恐怖を感じるようになった。
好きになるほど余計に、自分の心の制御が効かない」

「『恋がこんなにも人をダメにするなんて思ってなかった』って?」

「……」



そう言うと絆は完全に手を止めて目を丸くした。

私はやっぱりそうかと思って笑った。



「今の言葉は、私が思ってたこと。
でも最近わかったんだ。自分が弱くなったんじゃなくて、その気持ちは相手を想うからこそなんだって」
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