惚れたら最後。
白髪混じりの黒髪に無精髭、腫れぼったい一重の目、だらしなく出た腹の贅肉。

間違いない、こいつが半グレ組織のリーダー・池谷だ。



「ヒヒ、いいねぇ。恐怖に揺らぐその表情。美人なら尚更絵になる」

「ここはどこ?」

「京都だよ、お嬢さん。俺の根城へようこそ」

「俺のって……たかがヤクザの息子ってだけでそんな権限ないはず。
いったいバックに誰がいるの?」

「はぁ、なかなかめんどくさい女だな。
んなこと知ったところで、お前はもうすぐ正気を保てなくなるから関係ないだろ」



傲慢で自尊心の強いその男はニタニタと気味の悪い笑みを浮かべる。

その背後では、琥珀色の瞳の男が、片手に注射器を持ってこっちに向かっていた。

何をするつもりなのかすぐに分かった。



「い、いや……」



身をよじらせる私の腕を強く掴む池谷は、悪魔のような笑みで交渉を持ちかけた。



「なあ、お嬢さん。荒瀬が持つ俺たちの情報を洗いざらい教えてくれ。
そうすりゃ痛い目には合わなくて済む。あのヤク入り注射だって打たねえよ」

「……言わない」



まだ希望を捨てていない私は『彼』を信じて拒否をした。

直後、顔面に強烈な殴打が放たれた。



「うっ……!」

「調子に乗りやがってクソガキが。てめえがどういう立場か分かってんのか?」

「うぅ、あ……」



あまりの痛みにうめいていると、口元からぽろりと何かが落ちた。

それは自分の前歯だった。

元々その部分は差し歯だったとはいえ、強烈な右フックに一発で歯が取れてしまった。

そういえばこの男、ボクシング経験者だったっけ。

脳震盪を起こしかけている頭ではそんなことしか考えられなかった。
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