惚れたら最後。
「……これはとある情報屋から聞いたセリフだ。
当時は理解できなかったが、今となればその意味を痛感している」



そうだ、それは夢から聞いた言葉だ。

初めは拓海さんの言った言葉なんだろう。

彼は人間の心理を考えて発言するタイプだったから。

それが時が巡って夢に、そして私に脈々と受け継がれていたのだ。



「さて、ここからは俺の言葉だ」



そういうと組長は顔を上げた。



「絆は壱華に似て優しい。極道においては優しいことは玉に傷だが、それでもこの世界で生きることを選んだ男だ。
“共に生きる覚悟”を持って添い遂げてほしい。
俺が言いたいことはそれだけだ」



そう告げると、彼はあぐらを崩して立ち上がり、襖を開けて部屋を出た。

ギシ、ギシとその足が古い歴史を刻む板の間を踏みつけ、やがて遠ざかっていく。



「あらら、いいこと言ったのに照れ隠しで逃げちゃったよ兄貴」



兄のあまり見ない素振りに、颯馬さんはニヤニヤと笑う。

しかし一方で爽やかな笑みだった。



「まあ、そういうわけで組長公認の仲になったわけだから、ふたりらしくやっていきな。
心配しなくても、荒瀬組は全力で君たちを護るよ」



穏やかな口調で優しく言い聞かせると、兄の後を追うように立ち上がり部屋の敷居をまたいだ。

彼の気の利いた計らいか、部屋にはふたりきりになった。
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