惚れたら最後。
「航介さん、琥珀は?」



準備が整い、店じまいを終えてカウンター席で売上の整理をしていたオーナーに話しかけた。



「……さっきの彼女?俺は見かけてないから、てっきりまだ部屋にいるものかと」

「いや、もう部屋にはいなかった。ずいぶん前に出ていったようだ」

「出ていったって、裏口から勝手に?」

「おそらく……」



不可思議な展開にふたりとも首をかしげた。



「なぁに、恋バナ?俺も混ぜてよ」



そんな時、不意に気配もなく近づき、何者かが俺の肩に手を回した。



叔父貴(おじき)!」

「やめてよその呼び方〜、颯馬って呼んで」



あわててそっちを見ると、優しげな微笑みを携える柔らかい雰囲気の男がいた。

この人は荒瀬組組長・荒瀬志勇の実の弟、荒瀬颯馬(そうま)

年齢に対しずいぶん若々しく見えるが、組長代理に務めている重鎮(じゅうちん)だ。



「なんでここに?」

「娘と一緒に寝てたら叩き起されたんだよね。
(つよし)が絆迎えに行くからってついでに拾ってもらったんだ。
あーあ、明日はお忍びで嫁さんと水族館デートだったのにこりゃダメだなぁ」



はぁぁ、と大きいため息をついた颯馬さんは肩を組んだまま歩き出した。



「ま、とりあえず行こうか。外で剛が待ってるよ。
にしても剛って真面目だよねぇ、たまたま本部にいただけでアッシーにされたのに文句一つ言わないなんて。
じゃあ航介さん、絆連れてくね。本部には俺が連絡するからいいよ」

「はい、畏まりました」



片手を振って颯馬さんは航介に挨拶し、夏特有の生ぬるい風が吹く店の外へ出た。
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