惚れたら最後。
「車の中にそれ持って行って取れば?」

「だめだよ刹那、車のシートについちゃう」

「気にしないってそんなの。ノワールの毛黒いから目立たないし」

「私が嫌なの、運転手からすれば、自分の車汚されたくないでしょ?
猫の毛ってなかなか取れないから最低限はと思って」

「真面目すぎだって永遠。そんな気使って疲れない?」

「別に?……ねえお兄ちゃん、後ろついてない?」

「ああ、大丈夫」



制服のスカートを見せるために絆の前に立った永遠は、何もついてないと分かると1周くるりと回って玄関に向かった。



「永遠のああいうところ、お前にそっくりだな壱華」

「真面目なところ?いいことよ。いってらっしゃい、永遠、刹那」



母さんによく似た、気遣いのできる永遠に親父は満足気に微笑んだ。

親父は永遠たちを見送ると母からいってらっしゃいのキスをしてもらってから家の外に出た。



「絆、待って」



俺も仕事の下準備をしようと玄関に向かったが、母さんに腕を掴まれた。



「あなた寝不足なんでしょ?時間になったら起こしてあげるから仮眠とりなさい」

「少し寝たから大丈夫だ」

「絆の少しは本当にちょっとなんだから。いいから寝て、昨日シーツ洗ったからいい匂いよ」



自慢げににこりと笑うと母に、絆は胸の辺りがじんわりと温かくなるのを感じた。



「じゃあお言葉に甘えて」



一般家庭とは違えど、絆はぬくもりのあるこの家族が好きだった。

心身的に命を削られるような、極道の耐え難い過酷を遠く感じさせてくれるこの家庭が。

……失いたくない。だからこそ、仕事は慎重に進めなければ。

俺がいずれこの組を守るのだから。

そう考えながら自室に向かい、久々にゆっくりと眠りについた。
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