惚れたら最後。
先代の隠居宅にしばらくお邪魔し、夕飯前には実家に帰った。

ところが、リビングに繋がるドアの前で立ち止まってしまった。



「……刹那かよ」



残念そうに息子の顔を見て、ソファーにふんぞり返った父さんの姿を見つけたからだ。



「あれ、父さん珍しいじゃん。こんな時間に帰ってるなんて」

「たまには壱華とふたりっきりの時間を設けようと思ってな」

「……」

「なんだその顔」

「いや、実に父さんらしいと思って。で、肝心の母さんは?」

「……帰ったら買い物に行ってるそうで家にいなかった」

「ぶっ、アハハ!なんだよそれ、残念だったね〜父さん」



母さんのために早く帰ったのに出鼻を挫かれた可哀想な父さんに、ちょっといい豆でコーヒーを淹れて渡してあげた。



「ジジイの所に行ったらしいな」



コーヒーを受け取った父さんは俺の目を見てそう言った。



「うん、じいちゃん相変わらずだったよ。
まあ今回はばあちゃんがきっちり叱ってくれるみたいだから、今後は俺に言い寄ることはないと思うけどね。
ていうか、俺自身が興味ないからさ。父さんや絆と同じ道には入らないつもりだよ」

「ああ、それでいい。お前はお前らしく生きろ」



それを一口飲んだ父さんは視線を下に落とし、揺れるコーヒーの水面を見つめながら独り言のように声を発した。



「お前がいてくれてよかった。
刹那が俺と親父の間にできた亀裂に気づかなければ、その溝は一生埋まらないままだっただろう。
中継役になってくれて正直助かる。ありがとな」




……へえ、父さんが俺の事褒めるなんて珍しい。

突然のことに驚いてうまくリアクションが取れず「へへっ」と照れくさく笑うしかなかった。
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