どうせなら乙女ゲームの世界に転生したかった
いつものように野営地から少し離れて弓の練習をしていると騎士(ナイト)のカミーユが声をかけてきた。
「相変わらずいい腕だな」
彼はアーモンド型の目を細めて簡単の声を漏らす。視線の先には巨木の枝に紐でぶら下げた丸盾があった。すでに数本の矢が盾の中心に突き刺さっている。あと何回か射ったら抜いて一休みしようと考えていたところに彼が現れたのだ。
私は無言で応える。微かに首肯するとショートにした赤毛が小さく揺れて毛先につけた鈴飾りがチリンと鳴った。年齢の割には幼い身体を適度に緊張させ、ゆっくりと呼吸しながら弓を構える。切れ長の目で的を凝視し矢を射った。
乾いた音とともに矢が空を切り、丸盾の中心を貫く。もちろんあえて他の矢のある部分は外している。狙い通りだ。寸分の狂いもない。
愛用だが身体には不似合いなサイズの長い弓を下ろした。カミーユがパチパチと手を叩く。清涼感たっぷりの彼の声が私を褒め称えた。
「お見事。さすがはリビリシア一の射手(アーチャー)」
「どうも」
悪い気はしないのに照れ臭さが勝ってしまい私は素っ気なく返事をする。彼の足音が近づいてきた。熱を帯び始めた自分の頬と耳を自覚しながら練習はこれまでにしたほうがいいかなと頭の端で迷っていると大きな影が私の影を覆い隠した。
柑橘系を連想させる彼の匂いがふわりと降ってくる。鎧をつけていない彼は布の服一枚で隆起した肉感が彼の体温を伴って部分的に伝わってきた。
後ろから抱き締めてきたカミーユの吐息が耳をくすぐる。無意識にびくんと私は跳ねた。
「ちょっと、やめてよ」
言葉ほど嫌ではない自分がいて私はその矛盾にも心音を乱れさせる。背中の矢筒が邪魔でその分彼との密着が弱い。せめて練習が終わってからにして欲しかったと内心不平をこぼした。
カミーユのことは好きだが今はそんな場合じゃない。
私たち解放軍はリビリシアの南部にある旧王都を出て東部の新王都を目指していた。前王を暗殺して王位を簒奪した現王ザークを倒すべく私たちは立ち上がったのだ。
私はサラ。十四歳。
リビリシア解放軍の一員で射手だ。
そして小柄な私を後ろから抱いているカミーユは十七歳の騎士。
私たちは旧王都にある解放軍本拠地で知り合った。
……ということになっているが実は以前から彼のことは知っていた。
私には前世の記憶がある。
生まれ変わる前の私は日本の大学生でアーチェリーの選手。インカレで優勝したこともある腕前のアスリートだった。
そんな前世の私の密かな趣味はゲーム。
特に乙女ゲームが大好きであまりにものめり込み過ぎて大会の直前に徹夜してしまうほどだった。
そして現在はなぜか「レジェンド・オブ・リビリシア」の世界に転生してしまっている。
ここが乙女ゲームの中なら超絶ラッキーなのだが残念ながらそうではない。ここはガチのシミュレーションRPGの世界だ。乙女ゲーム大好物の私がこのタイトルを知っているのは有名なゲームだったことが大きい。プレイしたことはないのだが。
ゲーム好きが興じてその手の雑誌を購読していてつくづく良かったと思う。キャラクターデザインも良かったし、攻略ページは目立っていたから一応は目を通しておいたのだ。
カミーユはメインキャラの一人でゲーム序盤から活躍する。主人公キャラではないが若くして部隊を纏めるリーダーシップと自身のずば抜けた戦闘能力は誰もが認めるものだ。それだけに彼の役割は重要だ。
私はカミーユのバックハグから逃れるように離れ、彼に向き直る。ぷくっと頬を膨らませて睨みつけた。対する彼は涼しい顔だ。
「まあまあそう恐い顔をするなよ。可愛い顔が台無しだ」
「今がどんな状況かわかってるの?」
「ここなら大丈夫さ」
カミーユがあたりを見回した。数本の巨木はあるがここは基本的に短い草花が生えているだけの平原だ。それに見張りも三交代で立っていた。若い兵士が多いだけあってみんな目がいい。数は少ないが遠見のスキルを持つ者もいる。
備えは万全だ。
私は仕方なしに表情を緩める。確かにここでは安全かもしれない。だが、この先のことまで保証はされていなかった。新王都に近づけば近づくほど戦況は厳しくなる。何が起こるかわからないのが戦争だ。
いや、わかっていることもある。
私はカミーユから目をそらした。私だけが知っている未来に気が引けたからだ。
カミーユは新王都の戦いの最中に死ぬ。
これは運命(シナリオ)で決まっていることだ。変更はない。
でも、私はこれに抗おうと思っている。
ここはゲームの世界。しかし、私たちはこの世界で生きている。ゲームだがリアルなのだ。どこかに必ず抜け道があるはずだ。
仮になかったとしても私が何とかしてみせる!
「サラ?」
拳を握って決意を新たにした私にカミーユが訝しげに首を傾げる。
「何でもないわ。あ、そうだカミーユ」
「うん?」
「私が必ずあなたを守るから。絶対に死なせたりしないから」
「おいおい、そういうセリフは男の俺に言わせてくれよ」
不満たっぷりの彼に私は微笑みで帰す。
そう、私の戦いはまだこれからだ!
了。
「相変わらずいい腕だな」
彼はアーモンド型の目を細めて簡単の声を漏らす。視線の先には巨木の枝に紐でぶら下げた丸盾があった。すでに数本の矢が盾の中心に突き刺さっている。あと何回か射ったら抜いて一休みしようと考えていたところに彼が現れたのだ。
私は無言で応える。微かに首肯するとショートにした赤毛が小さく揺れて毛先につけた鈴飾りがチリンと鳴った。年齢の割には幼い身体を適度に緊張させ、ゆっくりと呼吸しながら弓を構える。切れ長の目で的を凝視し矢を射った。
乾いた音とともに矢が空を切り、丸盾の中心を貫く。もちろんあえて他の矢のある部分は外している。狙い通りだ。寸分の狂いもない。
愛用だが身体には不似合いなサイズの長い弓を下ろした。カミーユがパチパチと手を叩く。清涼感たっぷりの彼の声が私を褒め称えた。
「お見事。さすがはリビリシア一の射手(アーチャー)」
「どうも」
悪い気はしないのに照れ臭さが勝ってしまい私は素っ気なく返事をする。彼の足音が近づいてきた。熱を帯び始めた自分の頬と耳を自覚しながら練習はこれまでにしたほうがいいかなと頭の端で迷っていると大きな影が私の影を覆い隠した。
柑橘系を連想させる彼の匂いがふわりと降ってくる。鎧をつけていない彼は布の服一枚で隆起した肉感が彼の体温を伴って部分的に伝わってきた。
後ろから抱き締めてきたカミーユの吐息が耳をくすぐる。無意識にびくんと私は跳ねた。
「ちょっと、やめてよ」
言葉ほど嫌ではない自分がいて私はその矛盾にも心音を乱れさせる。背中の矢筒が邪魔でその分彼との密着が弱い。せめて練習が終わってからにして欲しかったと内心不平をこぼした。
カミーユのことは好きだが今はそんな場合じゃない。
私たち解放軍はリビリシアの南部にある旧王都を出て東部の新王都を目指していた。前王を暗殺して王位を簒奪した現王ザークを倒すべく私たちは立ち上がったのだ。
私はサラ。十四歳。
リビリシア解放軍の一員で射手だ。
そして小柄な私を後ろから抱いているカミーユは十七歳の騎士。
私たちは旧王都にある解放軍本拠地で知り合った。
……ということになっているが実は以前から彼のことは知っていた。
私には前世の記憶がある。
生まれ変わる前の私は日本の大学生でアーチェリーの選手。インカレで優勝したこともある腕前のアスリートだった。
そんな前世の私の密かな趣味はゲーム。
特に乙女ゲームが大好きであまりにものめり込み過ぎて大会の直前に徹夜してしまうほどだった。
そして現在はなぜか「レジェンド・オブ・リビリシア」の世界に転生してしまっている。
ここが乙女ゲームの中なら超絶ラッキーなのだが残念ながらそうではない。ここはガチのシミュレーションRPGの世界だ。乙女ゲーム大好物の私がこのタイトルを知っているのは有名なゲームだったことが大きい。プレイしたことはないのだが。
ゲーム好きが興じてその手の雑誌を購読していてつくづく良かったと思う。キャラクターデザインも良かったし、攻略ページは目立っていたから一応は目を通しておいたのだ。
カミーユはメインキャラの一人でゲーム序盤から活躍する。主人公キャラではないが若くして部隊を纏めるリーダーシップと自身のずば抜けた戦闘能力は誰もが認めるものだ。それだけに彼の役割は重要だ。
私はカミーユのバックハグから逃れるように離れ、彼に向き直る。ぷくっと頬を膨らませて睨みつけた。対する彼は涼しい顔だ。
「まあまあそう恐い顔をするなよ。可愛い顔が台無しだ」
「今がどんな状況かわかってるの?」
「ここなら大丈夫さ」
カミーユがあたりを見回した。数本の巨木はあるがここは基本的に短い草花が生えているだけの平原だ。それに見張りも三交代で立っていた。若い兵士が多いだけあってみんな目がいい。数は少ないが遠見のスキルを持つ者もいる。
備えは万全だ。
私は仕方なしに表情を緩める。確かにここでは安全かもしれない。だが、この先のことまで保証はされていなかった。新王都に近づけば近づくほど戦況は厳しくなる。何が起こるかわからないのが戦争だ。
いや、わかっていることもある。
私はカミーユから目をそらした。私だけが知っている未来に気が引けたからだ。
カミーユは新王都の戦いの最中に死ぬ。
これは運命(シナリオ)で決まっていることだ。変更はない。
でも、私はこれに抗おうと思っている。
ここはゲームの世界。しかし、私たちはこの世界で生きている。ゲームだがリアルなのだ。どこかに必ず抜け道があるはずだ。
仮になかったとしても私が何とかしてみせる!
「サラ?」
拳を握って決意を新たにした私にカミーユが訝しげに首を傾げる。
「何でもないわ。あ、そうだカミーユ」
「うん?」
「私が必ずあなたを守るから。絶対に死なせたりしないから」
「おいおい、そういうセリフは男の俺に言わせてくれよ」
不満たっぷりの彼に私は微笑みで帰す。
そう、私の戦いはまだこれからだ!
了。