ナイモノネダリ
グラスに残った少量の赤ワインと母へ宛てた書きかけの手紙が冷えた12月のマンションの一室にあった。何も無い殺風景な部屋。それもそうだ。今日でこのマンションは引き払う。大学進学から8年間過ごしたこの部屋とももうお別れだ。華は物思いにふけていた。 私は明日結婚するんだ。 そんな風には感じられないほど華の心は落ち着いていた。母への手紙には見慣れた字が書き連ねてあるのに何故かその字さえもまるで別人の書いたものを見てるかのように、他人事に感じていた。華は26歳、病院で事務の仕事をしている。朝6時に起き、朝ごはんを食べ、支度をし、8時に家を出る。そして5時まで働き家へ帰り、テレビを見ながらお酒を飲み、そして11時に就寝する。何の変哲もない日々をつい2年前まで送っていた。そんな華に好機が訪れたのは2年前の4月のことだった。友達に誘われて行ったいわゆる合コンの場である男性と出会った。 佐藤寛人、大手証券会社で働く華より2つ年上の男性だ。第一印象は、気の弱そうな人だと思った。 みんなが話す中周りの話題をにこにこしながら聞いているばかりで自分の話を我を我をとしないのだ。