夜の薄暗い隅っこで
「何がお辛いんです」
「生きることすべてです」
「そうですか。けれど、生きることは痛みを伴うことですから、それはとても贅沢な悩みなんですよ」
「そうかなぁ。こんなに痛いなら、私はいっそ楽になりたい」
君くんの隣に座ってしゃがんで拗ねたように腕に頭を乗っけたら、君くんは相変わらず立膝をついて月の上に座っていました。いいえ、そんなのは冗談で、私が屋根の上にあるわけなのですから、彼は私の隣にいます。
よくそんな幻覚を見るのです。
君くんに月が似合うのは、彼が黒髪で色白で、そして猫のようなその姿が月にあまりに似つかわしいからだからでしょう。
「見たくないものは世界にたくさんあって、誰のせいにも出来ないことで溢れてる。全ては自分のこの目次第だと言うのに、ねえ君くん。私いつも人の顔色を窺って、自分はまともでありたがって、見たくないものを思いがけず見つけてそれから酷く傷ついてる」
「厄介な人ですね」
「ええ、酷く厄介なの。それからとても抽象的。苦手の輪郭を辿ると、物事は浮き彫りになるね。それを手で確かめてなぞること、してしまえば私は私に気が付いてしまうからね。いつもわからないふりをして、曖昧に首をもたげるのさ」
「仕様のない人ですね」
立膝をついた君くんは、夜にぶら下がっています。
電柱の影に蠢く影、二つの光りを灯した陰を見て、おおい、と呼ぶと、君くんはこら、と私を叱りました。