Gypsophila(カスミ草)~フラれ女子番外編
その日の夕食ぼくと同じ車で公爵家を訪れたアーベルは、終始大人顔負けのマナーでそつなくこなして見せた。
叔父さんはてっきり部屋に引っ込んでると思ったけれども、珍しく正装をして夕食に現れたからびっくりした。それでもまったくコミュニケーションが取れないのは相変わらず。
お母様は表の顔を存分に発揮して、お上品な公爵家の妻の役割を果たしてたし。一見和やかなのにそれぞれ仮面を被ったような、なんとも奇妙な夕食になった。
『アーベルくんだったわね。林檎のパイはお好きかしら?わたくしが焼いてみたのだけれど』
食後のデザートでは、久しぶりにお母様が腕を振るったパイが出された。ぼくがもっとうんと小さな時は度々出されていたっけ。
あの頃は食事に毒を盛られたり腐った食材を使った料理なんて日常茶飯事だったから。お母様はよくデザート作りを自らしていた。
唯一、ぼくが安全に口にできたもの。
意地悪した使用人たちが追放された今、お母様が腕を振るったというのは……ただのデザートという意味ではないはず。
ぼくが穿った見方でパイを眺めていると、アーベルは遠慮なくアップルパイを頬張る。
『おば様、とても美味しいです。特にカスタードクリームが味わい深いですね……りんごもこの辺りでとれる種類ではありませんよね。もしかして日本の青森産ですか?』
『あら、お気に召したかしら?ちょっぴりブランデーが入っているの……それがわかるなんて大したものね』
『ええ、……どうやらぼくには禁断の味のようです』
お母様はアーベルの答えにいたく満足げだった。