Gypsophila(カスミ草)~フラれ女子番外編

その顔は、後から見ればおそらく“一人前の男”と呼べる、立派なものだった。

そこに、ぼくたちが言葉を挟む余地などなくて。

『……ご立派なお覚悟です。感服致しました』

少なくとも、将来の伴侶を蔑ろにはされない。そのしっかりした配慮にホッとした。

『……しかし、殿下はよく僕たちを信用されましたね。名乗ってもいない言わば不審者ですのに』

今の今までだんまりだったアーベルが、思いきったことを訊ねた。
(うわあ、アーベルく~ん!それ、言っちゃいけないやつ!!)

なんでわざわざ掘り返すかな、と白目で見そうになるけど。王太子殿下の意外な言葉で止められた。

『……名乗らなかったから、だな』
『え?』
『君たちが名乗れば、ぼくは報せていた。周りに影の護衛がいることは勘づいていたろう?』

ニヤッ、と王太子殿下はまた口元で笑われたけど。何だか心の底から愉しげに見えた。

『そりゃあ、気付いてはいました』

正直に告白すれば、うむ、と頷かれた。

『そちらにもきっちり護衛は居たからな。それだけで相当な身分と推察できるし、第一口ではなんとでも名乗れる。ぼくは言葉だけでは信用しない。人は幾らでも嘘偽りを作り出せるからな』

そう仰る殿下は……何だか悲しそうだ。まだ10歳というのに、それほどの事を言わせるよほどの出来事が昔にあったのだろう。

『捕まることを承知でぼくの前に現れた。そして、ぼくに名乗らないのはぼくが何か訊かれた時に“知らない”と答えられるためにだろう?
その配慮までしてくれている者を疎かにはせぬ。
それに、ぼくは王立グルンデシューレの生徒の情報は全て頭の中に入っている。
オーベン公爵家の長男カールに、フリートホーフ伯爵家養子のアーベルだったね。君たちとは友達になりたいものだ』
< 86 / 113 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop