【番外編】ロマンスフルネス
夏雪の気持ちを想像すると、胸にすーっと冷たい風が通った。人ではないと褒められて笑顔を浮かべ続けるのは、どれほど空虚なことだろう。ただでさえ自分の出自をコンプレックスのように抱え込んでいるのに。


「…毎年、そんなことに夏雪は耐えているんですか?」


「うん。僕がそうしろと命じてるから」


澪音さんは冷淡に見えるくらい、華やかな笑顔を浮かべる。

きっと私が澪音さんをなじっても良いように、ちょっとだけ悪者のポーズ。つまり、この人も夏雪と同じように傷付いているのだ。責めたりなんてできない。


私が何も言わないでいると、雪が溶けるように冷たい微笑が困り顔に変わった。


「たとえナツがどれだけ嫌がろうと、僕は割り切れと言うだけだ。

だから今日、透子さんをここに呼ばせてもらったんだよ」


「私…?」


「そう。ナツのゲストへの挨拶もそろそろ終わりそうだし。あっちでナツがHP1みたいな顔になってるけど、透子さんがいたら大丈夫でしょ。」


「え!?」


これから夏雪に会うってこと!?でも来るなって言われてるし、こんなハイソな世界で私なんかに何ができるか分からないし。

わたわたと慌てると、澪音さんが目をすがめる。


「何を怖じけづいてるの?
大丈夫だよ、嬉しいサプライズに決まってる」


夏雪は静かな足取りで離れに向かって歩いてる。無表情で平静に見えるけど、やっぱりどこか疲れた顔。夏雪がこっちを向きそうになると、


「やば、気付かれる」


そう言うが早く、澪音さんが東屋の灯りを吹き消した。付近が真っ暗に沈んでも、夏雪が歩いている通路はライトアップされているのでよく見える。

さっきの木登りといい、用意周到に灯りを消すことといい、この人はお忍びで出歩くことに慣れてるのかもしれない。静かにじっとしてる澪音さんを真似て、私も息をひそめておく。


その時、予想外の声が聞こえた。


「これはこれは、先ほどの演目は圧巻だったよ、真嶋さん」


少しお酒に酔ってる感じの、壮年の男性が夏雪に話しかけていた。

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