【番外編】ロマンスフルネス
「ほらね、言った通りだったでしょ?」
道端のセールスを断るようなさりげなさで、見事に返り討ちにしてしまった。何事もなかったような夏雪と、とぼとぼと帰るおじさんの差が凄まじい。
「こてんぱんにやりますね…。きっちり嫌みを言い返すあたり、やっぱ夏雪ですね…」
「真っ直ぐに怒れることはナツの長所だけどね。あれで余計な恨みまで買いまくるのは事実なんだよなぁ。
というわけで、不機嫌なナツがこれ以上の屍を築かないように大人しくさせといてね、透子さん」
澪音さんはどこから取り出したのか、クッションくらいの大きさのおーくんの縫いぐるみを手にしている。
「それは?」
「笛が上達したご褒美。透子さんからナツに渡して。きっと喜ぶはずだから。」
「…これを、ですか…?」
自信満々に「喜ぶはず」と言われても、これじゃ完全な子供扱いだけど…。
「あの、澪音さんはどちらへ?」
「これからゲストに会いに行く用事があるんだ。最後まで透子さんをアテンドできなくて悪いんだけど、これ以上僕がいても邪魔でしょ。ナツはこの先の離れにいるから」
「でもあのっ、夏雪は私に来て欲しくないって言ってたし急に押し掛けたら迷惑じゃ…」
「まーだそんなこと言って。さっきの勇敢さはどこに行ったの?」
澪音さんは緩んだネクタイを直して、木登りでスーツについた葉っぱを払う。ホントにすぐ行ってしまうらしい。
「ここにいたらコワーイ人に会うかもしれないから、早く行った方がいいよ。間違っても一人で外に出ようとしないこと、いいね?」
そういうが早く、澪音さんは母家の方に向かって走って行ってしまった。
台風一過のような状態にぽかんとしながらも、樫月グループご当主がああいう人なんだと知って安心した。なにより、夏雪はすごく大事にされてる。
さて、それはそうとして。
大きな縫いぐるみを抱えているし、ずっとここにいるわけにはいかない。澪音さんの言うようにすぐに夏雪に会うべきなんだけど、心の準備ができてない。
薄く灯りの漏れている離れはすぐ近く。戸惑いながら見つめていると、今度は軽やかな鈴の音が聞こえた。
鈴は女性の簪から鳴る音だった。白い肌と潤んだ瞳で、しっとりとした着物姿の美人。彼女は夏雪に会いにきたのだろうか…?
そう思うと心臓が変な音立て、段差で足がもつれてしまった。「うわ」と間抜けな声をあげて、縫いぐるみと一緒に通路に転がり出る。
「…?」
「いたた、すみません、転んでしまって…」
「誰?」
「矢野透子と申します。偶然通りすがりまして、決して怪しい者でなく…」
警戒を強めた彼女に言い訳すると、さらに不審げな顔で見つめられる。
「その着物…あり得ないんだけど…」
「?」
彼女は瞳に強い意思を漲らせて一歩、また一歩とこちらに近付いてくる。
「SNSであなたのお名前を見ました。夏雪さんにお付き合いしてると噂になっていますが、嘘ですよね?」
「え、噂に…?うわー、知りませんでした。それいつ頃です?」
「嘘なんですよね!?」
耳に響くトゲのある声。それだけで彼女の想いを察することができた。多分、彼女と同じように私に納得できない人が多いはずなのだ。
「嘘、じゃないです」
道端のセールスを断るようなさりげなさで、見事に返り討ちにしてしまった。何事もなかったような夏雪と、とぼとぼと帰るおじさんの差が凄まじい。
「こてんぱんにやりますね…。きっちり嫌みを言い返すあたり、やっぱ夏雪ですね…」
「真っ直ぐに怒れることはナツの長所だけどね。あれで余計な恨みまで買いまくるのは事実なんだよなぁ。
というわけで、不機嫌なナツがこれ以上の屍を築かないように大人しくさせといてね、透子さん」
澪音さんはどこから取り出したのか、クッションくらいの大きさのおーくんの縫いぐるみを手にしている。
「それは?」
「笛が上達したご褒美。透子さんからナツに渡して。きっと喜ぶはずだから。」
「…これを、ですか…?」
自信満々に「喜ぶはず」と言われても、これじゃ完全な子供扱いだけど…。
「あの、澪音さんはどちらへ?」
「これからゲストに会いに行く用事があるんだ。最後まで透子さんをアテンドできなくて悪いんだけど、これ以上僕がいても邪魔でしょ。ナツはこの先の離れにいるから」
「でもあのっ、夏雪は私に来て欲しくないって言ってたし急に押し掛けたら迷惑じゃ…」
「まーだそんなこと言って。さっきの勇敢さはどこに行ったの?」
澪音さんは緩んだネクタイを直して、木登りでスーツについた葉っぱを払う。ホントにすぐ行ってしまうらしい。
「ここにいたらコワーイ人に会うかもしれないから、早く行った方がいいよ。間違っても一人で外に出ようとしないこと、いいね?」
そういうが早く、澪音さんは母家の方に向かって走って行ってしまった。
台風一過のような状態にぽかんとしながらも、樫月グループご当主がああいう人なんだと知って安心した。なにより、夏雪はすごく大事にされてる。
さて、それはそうとして。
大きな縫いぐるみを抱えているし、ずっとここにいるわけにはいかない。澪音さんの言うようにすぐに夏雪に会うべきなんだけど、心の準備ができてない。
薄く灯りの漏れている離れはすぐ近く。戸惑いながら見つめていると、今度は軽やかな鈴の音が聞こえた。
鈴は女性の簪から鳴る音だった。白い肌と潤んだ瞳で、しっとりとした着物姿の美人。彼女は夏雪に会いにきたのだろうか…?
そう思うと心臓が変な音立て、段差で足がもつれてしまった。「うわ」と間抜けな声をあげて、縫いぐるみと一緒に通路に転がり出る。
「…?」
「いたた、すみません、転んでしまって…」
「誰?」
「矢野透子と申します。偶然通りすがりまして、決して怪しい者でなく…」
警戒を強めた彼女に言い訳すると、さらに不審げな顔で見つめられる。
「その着物…あり得ないんだけど…」
「?」
彼女は瞳に強い意思を漲らせて一歩、また一歩とこちらに近付いてくる。
「SNSであなたのお名前を見ました。夏雪さんにお付き合いしてると噂になっていますが、嘘ですよね?」
「え、噂に…?うわー、知りませんでした。それいつ頃です?」
「嘘なんですよね!?」
耳に響くトゲのある声。それだけで彼女の想いを察することができた。多分、彼女と同じように私に納得できない人が多いはずなのだ。
「嘘、じゃないです」