【番外編】ロマンスフルネス
上ノ森さんは「酷いわ…」と涙ぐんだ声を上げて走って行った。夏雪と二人で静寂した和風庭園に残される。

彼女が子供の頃からずっと夏雪を好きだった事を思えば、どれだけ辛い思いをしていることか…


「何か言いたそうですが、今のが俺にできる最大限の譲歩ですよ。」


「う、うん…」


夏雪が心の底からうんざりしてるので、女ゴコロについて説明するのは諦めた。だいたい、私には彼女を心配する資格は無いのだ。


だってさっき庇ってくれたとき、本当はすごく嬉しかったから。……それがとても自分勝手な思いだと知ってるから。


思案に耽る間に、ふわっと体が浮き上がる。何故か夏雪に抱き上げられていた。


「な、何で!?」


「逃げそうだから、捕獲しておこうかと」


「野生動物じゃないんだから…」


「ではゆっくりと透子の罪状を取り調べるとしましょうか。
そう言えばまだ、こんな場所に迷いこんだ訳を聞いていませんでしたね。」


「………え?」


おそるおそる振り返ると嘘みたいに綺麗な作り笑顔を浮かべていた。どうしよ、この顔は絶対怒ってる。


夏雪は私を抱えたまま庭園の通路を進み、そのまますぐに離れにたどり着いてしまった。


「あなたという人は、性懲りもなく危ない場所にばかり近寄って」


「ごめん…。でも今日はホントに危なくなかったよ?」


草履を脱いで室内に上がらせもらうと、ぱちぱちと木のはぜる音がする。アンティークの薪ストーブに火が灯っていて、夏雪がその中にさっきの報告書を開きもせずに投げ捨てた。


「ありがと」


中を見ることもなく捨ててくれたことが自分でも意外なほど嬉しかった。こういう時、変に声が詰まって上手くお礼が言えない。


部屋は老舗の和風旅館のような造りになっていていた。オーセンティックな桐の文机にタブレットやノートパソコンが広がっているのが妙に夏雪らしい。

その傍らの鏡台には、さっき能舞台で夏雪が被っていた鬼の面が置かれている。それから、月の女神を表すという美しい緋色の衣も。


「あれ、この着物…?」
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