【番外編】ロマンスフルネス

「今さらになっちゃうけど、舞台…すごく良かった。綺麗で悲しくて…。あ、でもこういう褒め言葉もう聞き飽きてるよね」


「いえ、嬉しいですよ。
…ただ、それは、できればやめて欲しいんですが」


「ふふっ」


夏雪の頭に生えてる角に触れると、ちょっと嫌そうに避けられる。近くで見ても作り物っぽくないし、触れるのを嫌がるから本当に生えてるように見える。


「ねえ、怖い鬼が恋をして人になったんだよね。それなのにどうして人になった後も角が生えたままなの?」


「あの世界観の鬼とは、心が荒んで闇に堕ちた人間のことなんですよ。まあ、人が時に鬼になるのは現実社会も同じですが」


「なっ、急にホラーなこと言わないでよ」


「そんなものだと思いますけどね。
実際、演者がこのように最後まで鬼の痕跡を残しているのは、人が誰しも心の中に鬼を飼っているから、と言われています」


「それはそれで怖いけど…」


「大丈夫ですよ。透子の心に鬼がいたとしても、多分こういう感じですから」


不届きなことに、夏雪はおーくんのぬいぐるみを指している。


「なんでよっ」


くすくす笑ってるくせに「心がきれいだから?」と白々しい言葉が帰ってきた。嘘だ、馬鹿にしてるに決まってる。


「そんなことより、その着物よく似合ってますね」


「いやーそれほどでも」


見え透いた褒め殺しには屈しない。おーくんをお面のように顔に掲げて棒読みで応酬する。


「それ花嫁衣装なんですよ」


「ふーん花嫁衣装。

は、花嫁!?」


びっくりしておーくんにしがみついたので、顔が変形してしまった。動揺を隠せないまま、むにむにとおーくんの顔を整える。


「真嶋家の祝言では、妻となる女性が月の女神と同じ衣を着る慣わしで」


「…この着物…」


「はい、だからあなたがその姿で現れた時は、夢か幻を見ているのかと疑ったほどです。

透子も自覚してください。今のあなたが俺にとってどんな意味を持つか」


夏雪は、もう私をからかってる訳じゃなかった。舞台と同じように着物の上を夏雪の指が滑り、壊れ物を扱うようにそっと抱き締められる。

どうしよう、私、今どんな顔してるんだろう。


「嫁入り姿でこんな場所に迷い込んで。いつも思いますが、あなたは無防備過ぎるんです。
今、ここで俺に娶られても文句は言えませんよね」


夏雪は私の手からおーくんを取り上げて鏡台に戻した。顎に指をかけられ、間近でじっと見つめられる。それだけで、暗示をかけられたかのように視線を反らすこともできなくなってしまう。
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