【番外編】ロマンスフルネス
繰り返し溶かされた意識を再び取り戻した頃には、夏雪の頭の角は取れ、瞳の下の朱色も滲んで消えていた。
「…やっぱりいつもの顔がいいな。
銀髪も似合うけど、それでスーツ着たら凄い変な人っぽくなりそう。ふふっ」
「着ませんよ…。後で髪を洗ってくれませんか?この離れに内湯があるんで」
「そこまでしっかり色がついてると自分で落とすの大変そうだもんね。それくらい全然いいけど…
って、嘘。やっぱ無理。自分でやって」
夏雪が私の髪を弄びながら、むーっと拗ねた顔になる。
「…そういうところは、いつも通りつれないんですね」
「だってお風呂場でちょっと引っかけられるような服とか無いもん。恥ずい、無理」
「服が無い…
ところで、透子は着付けできるんでしたっけ?」
「着物の?私がそんなセレブな技もってる訳ないでしょ。何で今そんな事聞…」
話している途中で気が付いた。
着せて頂いた綺麗な着物は、お布団の隣で脱け殻のようになっている。なんだか気恥ずかしくなる光景だけど…とにかくこれを元通りに着るのはどう考えても無理。
かといって着替えを持ってる訳でもなく。
「……どうやって帰ればいいの私」
「透子のそういう後先考えられない所も、今となっては愛らしいですよ」
「む、馬鹿にして…
だいたい、こうなってるのは全部夏雪のせいなのに」
「そうですね」
意地悪に微笑まれて、顔がかぁっと火照る。そういうつもりで『夏雪のせい』と言ったわけじゃないのに。
「もう夜も遅いですから、帰るのは明日でも構わないでしょう。
むしろ、こんな場所じゃなければ透子をずっと閉じ込めておけたんですが。…残念ですね」
「何を不穏なこと考えてるのよ…
でもさ、よく考えてみれば着物と帯があるんだからきっと何とかなるって。布団のす巻きみたいになるかもだけど、見栄えを気にしなければ」
「それはそれで見てみたいですね、ふふっ」
夏雪が笑いを隠そうともせずに笑って身を捩る。全く、人の不幸を何だと思ってるんだ。
「そこまで心配しなくても、俺が着せますから」
「ホント!?夏雪、着付けできるの?」
「複雑な帯飾りはできませんが、着せるくらいなら」
夏雪は本当に何でもできるなぁと改めて驚いた。それにしても、着付け出来るなら早く言ってくれれば…。
「というわけで、交換条件です。
明日、布団のす巻き姿で外に出たくないのなら、後で俺の髪を洗ってください。」
「なっ、人の弱みにつけこんで…!」
「交渉の基本ですよ」
角なんかなくても、夏雪はいつも通り鬼のように傲慢な微笑みを浮かべている。
その笑顔を恨めしく見つめながら、このまま何もかも夏雪の企みから逃れられなくなる予感が、また頬を熱くさせていた。
Fin.