【番外編】ロマンスフルネス


「はじめまして、矢野透子さん」


上の方から声が聞こえて辺りを見渡した。すると庭木に登った人影がある。


「高い所からごめんね、今行くから」


その人は跳ねるように軽快に木から降りてくる。和服じゃなくてスーツ姿だった。


「僕は樫月澪音。きっと来てくれると思ってたよ」


あ…この人は、樫月グループの当主!


「お招き頂きありがとうございます。初めまして、矢野透子と申しますっ」


コンサート会場で遠くから見たときには明るくて可愛い王子様キャラに見えていたけど、こうして対峙するとただ者じゃない雰囲気に溢れている。人を無条件にひれ伏せるような、特別なオーラ。


「変な所から出て来てびっくりした?人に見つかると面倒だから隠れてたんだ。ごめんね」


「御多忙の中、お時間を賜り恐悦至極に存じます」


緊張で呼吸が止まりそうになりながら返事を返すと、「硬い硬い」としかめっ面をされる。


「面接とかじゃないんだから、リラックスして。透子さんとちょっと話をしてみたかったんだ」


「…樫月グループご当主の方が私などに」


「そういうんじゃなくて。彼氏の友人に会ったと思ってフツーに、ね?」


「彼氏の友人…?」


そういうシチュエーションなんだろうか。豪華絢爛な場所で偉い方に言われても現実味がないけれど…


樫月さんは何故か可笑しそうに笑いを堪えてる。


「案外似た者同士だね、ナツと透子さんは」


「ちょっと待って下さい、全然違います。」


「ナツみたいな変人じゃないって?」


「そうです!…って、あ。」


しまった。これではご当主に夏雪が変人と言ってしまったようなもの。だけど、


「あははっ、あいつホント変わってるよね」


と笑っていらっしゃるので「…ですよね」と頭を掻く。笑うと中性的な顔立ちに花が咲いたような印象で、クリスマスイブのコンサートを思い出した。


「昨日もね、コンビニ行ったら全然帰って来ない上に、訳わかんないもの買ってきて」


「うわー、子供みたいですね…」


「そうそう、子供と同じだよね。目に映るものが全部新鮮に見えてるって感じ。
ナツが本当の意味でこの世界を見始めたのは、ごく最近の事なんだろうね」


「?」


抽象的な話に着いていけずに考えていると、ご当主はまた、くしゃっとした笑顔を浮かべる。

< 7 / 20 >

この作品をシェア

pagetop