雨は君に降り注ぐ
私は、ある講義室の前に来ていた。
ちょうど講義が終わったところで、中から、学生がぞろぞろ出てくる。
私は、その中の1人に、思い切って声をかけた。
「あのっ、すみません。」
私に声をかけられた男の子は、驚いたように、私を見返した。
それから、周りをキョロキョロと見まわし、自分が声をかけられているのかどうか、確認する。
「え、俺?!」
無理もないだろう。
いきなり、見ず知らずの女子に声をかけられたら、誰だって困惑する。
「はい、そうです。ここのゼミの方ですよね。」
「え、そうだけど…?」
「あの、同じゼミの、一ノ瀬汐暖さん、ご存じですか?」
「一ノ瀬?一ノ瀬って、シノンって名前だったの?!」
「…そ、う、ですね。」
「へえー、シノンかあ。知らなかったなあ。」
話がずれてきている。
今は、名前の話をしたいんじゃない。
「あの、ご存じなんですね…?」
「まあね。ダチってほどじゃないけど。」
感じのいい男の子だ。
この人に話しかけて正解だった。
「一ノ瀬先輩、今日、ゼミには来てませんでしたか?」
「出席はしてなかったけど。またどこかでサボってるんじゃない?」
「…よくサボってるんですか?」
「うん。しょっちゅう。」
「一ノ瀬先輩のサボる時に行く場所とか、分かったりします?」
「中庭じゃない?……君、一ノ瀬の彼女?」
『彼女』
そのワードを聞いて、私は一瞬固まった。
「彼、女…。」
一ノ瀬先輩の彼女。
そんなものになれたのなら、どんなに幸せなことだろう。
でも、そんな事、あるわけがない。
「いえ、彼女では…ないです。」
私の声は、どういう訳か、震えていた。