雨は君に降り注ぐ

「いえ…。なんでもないです。」

 喉の奥から声を絞り出すようにして、私は言った。

「おそらく、汗でもかいたのではないでしょうか。」

 よそよそしすぎる口調になってしまった。
 それに、この言い訳はかなり苦しい。

 私の顔には、汗の1滴も見られない。

「そう、なの?」

 一ノ瀬先輩は、まだ不思議そうな顔をしていたが、納得したようだった。

 さて、これからの会話を、どうやって続けよう。

 私は、先輩に聞かなければならないことがあって、会いに来た。
 ならば、早く聞いてしまえばいいのだが、そうもいかない。

 先ほどの『彼女』のくだりで、私はすっかり、自信を無くしていた。

 いや、もともと自信があったわけではないのだが、それでも心のどこかで、一ノ瀬先輩にとって少しは、いや、かなり特別な存在になれたのではないか、そう思ってしまっていたのだ。

 でも、それは勘違いだった。

 特別な存在だなんて、ただの思い込み。
 自意識が暴走しすぎだ。

 なんて、1人で考え込んでいると、一ノ瀬先輩が微笑みながら言った。

「僕たち、本当によく会うね。」

 果たしてそうだろうか。

 一ノ瀬先輩と最後に会ったのは、もう、3週間も前の話だ。

「…そうでもないと思いますよ。」
「そう?けっこう会ってない?」
「あの、私、ずっと疑問に思ってたんですけど。」
「うん?」

 先輩が、首をかしげる。
 その仕草が、たまらなくかわいい。

「先輩って、友達とかっていないんですか?」

 訊ねてしまってから、後悔した。

 あまりにもプライベートな質問だ。
 下手したら、先輩を傷つけてしまうような。

 …気分を害しただろうか。

 私は恐る恐る、先輩の顔を見上げた。
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