雨は君に降り注ぐ
私は悲しい。
母が死んでしまって、悲しい。
立ち直れないくらいのショックを受けている。
そう、自覚した。
自覚しても、涙は出なかった。
「結希は悪くないさ。」
父が、穏やかな声で言った。
「結希が、今回のことで、『自分のせいだ』って気に病む必要はない。誰も悪くない。誰も、結希を責めたりしないよ。」
「そんなの、きれいごとだよ…。」
「そうかもしれないな。」
父の大きな手が、私の髪に触れる。
そのまま、くしゃくしゃっと、不器用になでられた。
…この感じ。
誰かに似ている。
一ノ瀬先輩。
こんな時にまで一ノ瀬先輩のことを考えてしまうなんて、私はどうかしている。
でも、父はどこか、一ノ瀬先輩に似ていた。
顔や、声や、雰囲気。
私の頭をなでる、大きな手まで。
「きれいごとかもしれない。」
父は続ける。
「でも、誰が悪かったなんて、実際誰にも分からない。」
私の乱れていた心が、だんだん落ち着いてくる。
「でも、俺は悪かったな…悪かったと思っているよ。」
父が、私と目を合わせ、悲しそうに微笑んだ。
少し無精ひげが生えているが、その表情は、確かに似ていた。
一ノ瀬先輩に、そっくりだった。
「美里にも、結希にも、申し訳なかったと思っている。」
「…え?」
「家庭のため、家族のため、そう思って仕事ばかりに気を取られていたから、ばちが当たったんだ。」
父の目から、涙がこぼれ落ちる。
透明で澄んでいて、きれいな涙。
「結希にも、寂しい思いをさせたよな…。」