雨は君に降り注ぐ

「結希は、美里のこと、嫌いだったろ。」

 図星。

 私は、母が嫌いだった。

 なんで結果ばかり大事にするの。
 なんで『勉強』ばかり大事にするの。

 もっと私に優しくしてよ。

「うん…嫌いじゃないって言ったら、噓になるかな。」

 私は、力なくうなずいた。

「そうだよな。」

 父は、楽しそうに笑った。

「美里は、勉強、勉強って、結希に勉強ばかり押し付けていたもんな。嫌いになって当然だと思うよ。」

 お通夜の席で笑うなんて、不謹慎かもしれない。
 でも、父の笑顔は、むしろこの場に相応しく思えた。

「でもさ。」

 ふいに、父が真顔になる。

「美里は、結希のことを、嫌いだったわけじゃないんだ。」

 私は、今度は力強くうなずく。

「確かに、美里は少し過保護なところがあったし、結希にきつく当たったこともあった。でも、悪意があったわけじゃないんだ。」

 父は、一旦言葉を切る。

「…あいつ、美里は、不器用だったんだよ。多分、結希に、どうすれば愛情が伝わるかとか、分からなかったんだと思う。」

 私は、心底驚いた。

 父は、仕事にしか興味のない人だと、これまでは思っていた。
 でも、どうやら、違うみたいだ。

 父は、私が思っていたよりもずっと、家族のことを見ている。
 母や私のことを、よく理解している。

「美里は誰よりも……結希のことを愛していたよ。」
「うん。」

 私は、自分にさえも聞き取れないくらい、小さな声で言った。

「分かってたよ…母さん。」
< 172 / 232 >

この作品をシェア

pagetop