雨は君に降り注ぐ
あの夜。
一ノ瀬先輩と、キスをした夜。
一ノ瀬先輩から聞いた、彼女さん…いや、元彼女さんの名前。
斉藤瑞葵。
その名前を聞いた時、『もしかして』と思った。
もしそうなら、もしそうだとするのならば、一ノ瀬先輩が涼介先輩の誕生日にわざわざ挨拶をしに来た理由も、説明がつくのではないか。
1度考え始めたら、止まらなかった。
まだ仮説の段階で、私は確信していた。
斉藤瑞葵は、斉藤涼介の妹だと。
「なんで、知ってるの…?」
涼介先輩は、目を見開いたまま、私に聞き返した。
この反応を見る限り、私の仮説は、まず間違ってはいないのだろう。
「その…聞いたんです。一ノ瀬先輩と瑞葵さんが、お付き合いをされていたって。」
涼介先輩は、静かに微笑んだ。
「一ノ瀬から聞いたの?」
「はい…。」
涼介先輩の笑みは、悲しいくらい美しかった。
「うん、瑞葵は僕の妹。3年前に死んだのも、事実だよ。」
私は、思わずうつむいた。
やはり、聞くべきじゃなかった。
私の勝手な好奇心だけで、聞くべきことではなかったんだ。
「すみません…。嫌なこと、思い出させちゃいましたか…?」
涼介先輩は、軽くかぶりを振った。
「いや…大丈夫。気にしなくていいよ。」
優しい笑みを浮かべる涼介先輩の目には、確かに、悲しみの色が張り付いていた。
「ごめんなさい。もうこんなこと、聞かないので…。」
そう言い残して、私は足早に、涼介先輩の元を離れた。