雨は君に降り注ぐ
1章  桜散る春


 つけられている、と最初に感じたのは、いつのことだっただろう。

 確かあれは、青葉(あおば)大学の入学式を終えた、その帰り道のことだ。

 自宅に向かう、人通りの少ない近道を歩いていた私は、ふいに誰かの視線を感じた。
 トゲのある、悪意の入り混じった視線だった。

 とっさにふり返る。

 ……誰もいない。

 そこには、今まで私の歩いてきた、薄暗くて少し不気味な道が続いているだけだった。

「……気のせい?」

 思えば、それがすべての始まりだった。



 次に視線を感じたのは、青葉大学の初受講の日。
 同じく帰路をたどっていた私は、再びあの視線を感じた。

 見られている。

 立ち止まり、あたりを見回したが、やはり誰もいない。
 私は再び歩き出した。
 すると、その視線がついてくる。

 再び立ち止まり、あたりを見回した。
 しかし、誰かに見られているという感覚はあるのに、その誰かを見つけ出すことができない。

 ……これも気のせい?

 薄暗い道に1人たたずみながら、私は真剣に考えた。
 もしも今、本当に、私が誰かに見られているとして、このまま普通に歩いていくと、わざわざ親切に私の住所をその誰かに公開してしまうことになる。

 怖い。

 唐突に恐怖が込み上げてきた。
 
 私は走った。
 わき目もふらずに走った。
 これだけ全力で走ったのは、いったいいつぶりのことだろう。

 ある程度走ったところで、足を止めた。
 もう、あの嫌な視線は感じない。
 振り切ったのか…。

 すっかり安心していた私は、それから、ごく普通に歩いて自宅に向かった。
 そして、アパートの3階の自室のカギをごく普通に開け、そのままごく普通に中に入った。


 もしもあの時、アパートまで全力で走っていたら。
 もしもその時、私の自宅を見上げる黒い影に気づいていたら。
 少しでも、その視線を感じ取っていたら。
 少しでも、その影を不審に思っていたら。


 この後起こる悲劇を、防げたかもしれないのに。
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