雨は君に降り注ぐ
つかの間の静寂が、私を包む。
しばらくして、
『汐暖…?…ああ、一ノ瀬のこと?結希、あんな奴のことが好きなの?』
バカにしたような口調。
思わずかっとなって、すぐに冷静になる。
なんで、一ノ瀬先輩の名字を…?
「一ノ瀬先輩のことを知ってるんですか?」
『君の身の回りのことなら、何でも知ってるよ。』
鳥肌が立った。
「…と、とにかく、そういうことなんで、もうこういうことはやめて、」
『よく言うよ。一ノ瀬のこと何も知らないくせに。』
「…え?」
『じゃあ言ってみろよ。一ノ瀬がどこで生まれて、どこで育って、どの高校に入って、どんな人生を歩んできたか。』
私は黙り込んだ。
確かに、私は先輩の過去のことや生い立ちを、全くと言っていいほど知らない。
やたらと詮索するのは、失礼だと思ったから…。
『そんなんで、よく好きだとか言えたな。』
機械の声が、あざけるように笑う。
『ほら、一ノ瀬のことなんか忘れて、俺が好きだってことを認めろよ。』
「でも私、あなたのことも、何も知らないです。」
『いや、結希は、俺のことをよく知ってるよ。』
意味深な言葉だった。
この口調。
この雰囲気。
絶対、私の知っている人だ。
誰?
教師か?
学生か?
知り合いか?
廊下ですれ違っただけの人か?
誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ?
「あなた、誰?」
気づいた時には、そう訊ねていた。
電話の主は、合成音で答えた。
『君の愛する人だよ。』
「なんで私の電話番号を知ってるの?」
『愛のテレパシー、かな?』
だめだ。
やっぱりこの人、おかしい。
何を聞いても無駄だ。