雨は君に降り注ぐ

 彼は、私の手首をつかむと、走り出した。
 彼の手は、男の人とは思えないほど、さらさらしていて滑らかだった。

 私の視界の隅に、黒いフードの人物が走り出すのが映った。
 追いかけてくる…!

「ちっ…」

 彼は素早く路地に入り込むと、次々と角を曲がり、黒フードの人物との距離を離していった。
 水たまりの泥がはねて、私の顔にかかる。
 でも、そんなことは気にしていられなかった。

「君、家はどのへん?」
「青葉西の、……2丁目あたりです!」
「じゃあここからすぐだね。」

 彼は、走るスピードをさらに早めると、私の家の方向へと足を向けた。

 気づくと、あの黒フードの人物の視線は、もう感じなくなっていた。

 彼は、土地勘が強いのか、1度もスピードをおとすことなく、薄暗い路地を迷うことなく進んでいく。
 そして、突き当りの角を曲がると、そこは、

 私の自宅であるアパートの目の前だった。

 知らなかった。
 こんな裏道があるなんて。

「このアパート、君の家?。」
「はい、そうです…。」
「そっか……。」

 短い沈黙が流れた。

「今日は、うまくまけたみたいだけど、あれは陰湿なストーカーだ。前にもこんなこと、あった?」

 私はかぶりを振った。

「ストーキングされてるってことは感じていたんですけど、ここまで追い回されたのは、今日が初めてです…。」

「そっか、怖かったね……。とにかく、あのストーカーは、きっとまた君を追い求めてくるはずだから、すぐに警察に連絡した方がいい。」

「はい…。」

 私はうつむいた。
 もとはと言えば、早いうちに警察に連絡しなかった私が悪いんだ。

 親に知られたくない、それだけの理由で強がったから、関係のない人にまだで心配をかけて、巻き込んで…。

 ふと視線をあげると、彼が、困ったような顔をして、私を見つめていた。

 やっぱり私、この顔をどこかで見たことがある。
 でもどこだっけ…?
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